ミルトン・エリクソンの逸話と治療的ダブルバインド

治療的ダブルバインド

「治療的ダブルバインド」とは、心理療法家のミルトン・エリクソンが経験的にクライアントの治療に利用していた手法でエリクソニアン・ダブルバインドとも呼ばれます。

これはベイトソンが統合失調症の原因と関連づけた否定的ダブルバインドの破壊力とは対照的にクライアントの望む結果や利益を生む手法です。

今回はエリクソンの逸話や人生に触れながら卓越した観察力とクライアントの個性を尊重した独自のアプローチについて分かりやすく解説します。

ミルトン・エリクソンの手法を学ぶことは、ビジネスのみならず日常でのコミュニケーションにも大いに役立つことでしょう。

エリクソン幼少期のダブルバインド逸話

ミルトン・エリクソンが提唱した「治療的ダブルバインド」とは、セラピストが意図的にクライアントに二重拘束状態(二者択一的な状況)を発生させ、心理(催眠)療法として積極的に活用するものです。

二重拘束の構造自体はベイトソンの否定的ダブルバインドと同じように見えますが、クライアントが二者択一のどちらを選んだとしても結果的に問題解決へと導かれるのが特徴です。

ミルトン・エリクソンが初めて意図的にダブルバインドを使ったのは、彼がまだ少年の時でした…

エリクソニアンダブルバインドエピソード

息も凍るほどの寒い冬の日、ミルトンの父親は牛舎にいる子牛たちを外の水飲み場まで連れて行きました。

子牛たちは喉の渇きを満たした後、牛舎まで戻っていきましたが、そのうちの1頭は牛舎の入り口で足の爪を立て頑なに動こうとしませんでした。

父親はその子牛に抱きついて必死に動かそうとしましたが、子牛は抵抗して一歩も動こうとはしません。

その時、外で雪遊びをしていたミルトンは、困り果てた父親の姿を見ながら笑い転げていました。

それを見た父親はミルトンに「子牛を納屋に引き込むことに挑戦してみたらどうだい」と問いかけました。

頑なに抵抗している子牛の様子を見て、ミルトンは、「明らかに抵抗したがってる子牛には、抵抗する最大のチャンスを与えてやろう!」と決心しました。

父親が子牛に抱きついて内側に引き込もうとしている間、ミルトンは子牛のしっぽを掴むと納屋から外に出る方向に引っ張りました

この時、ミルトンは生まれて初めて意図的に「ダブルバインド」を利用したと回想しています。

子牛は即座に父親に比べて力の弱いミルトンを引きずって納屋の中へと進んで行きました

この逸話から、ミルトン・エリクソンの驚くべき観察力と柔軟性、リソースの創造的な利用が幼少期から始まっていたことが分かります。

エリクソンは大変勉強熱心な少年でしたが、色盲、音痴など複数の感覚障害や読字障害などのハンディキャップがありました。

例えば、エリクソンが6歳の時「3」と「m」の記号の違いが分からず、担任が何時間もかけて教育してやっと理解したというエピソードがあります。

その時、エリクソンは目もくらむような閃光の中で、「3」と「m」の違いが理解できたそうです。

エリクソンはそれらの経験から「治療的ショック」というテクニックや「リオリエンテーション(新たな方向づけ)」の利用などの臨床的戦略を生み出していきました。
参考文献:Varieties of Double Bind Erickson & Rossi, The American Journal of Clinical Hypnosis, January 1975

エリクソンの意図するバインドとは?

バインド

エリクソンが治療に利用した「バインド」とはどんな意味を持っているのでしょうか?

エリクソンは、セラピーを行う上でクライアントをコントロールしないように心がけることを重視していました。

エリクソニアン・アプローチの中でのバインド(拘束/縛り)とは動機づけのことあり、クライアントの価値観と欲望を利用することによって成り立つのです。

エリクソンはクライアントの個性をセラピーの重要な一部として利用し、クライアントのやりたいことを認めてセラピーの目標にうまく結びつけています。

シンプル・バインドとは?

ホウレンソウ

シンプル・バインドとはその名前の通り選択肢がひとつのバインドで、エリクソンはダブルバインドと同様にセラピーの中で頻繁に活用していました。

これは、「Aを望むなら、Bをしましょう」という単純明快なバインドで、重要なポイントはクライアントの現状の強い動機(欲望)を利用することです。

これによってクライアントのセラピーに対する抵抗が解消され十分な動機が発揮されます。

シンプル・バインド:親子の事例

親子イメージ

親子間でのシンプル・バインドの事例として、エリクソンの娘・ベティ・アリスが語った子供時代のエピソードがあります…

子供たちがまだ小さかったころ、エリクソンはよく子供たちに、「お前たちはまだ小さいからホウレンソウは食べられないんだよ」といったという。子供たちはこれには少々動揺した。
そこで、エリクソン夫人は助け舟を出し、たぶん缶詰のホウレンソウなら食べてもいいくらいにはもうなってますよと主張した。
子供たちは明らかに大きくなりたがっていた。もっと年上になりたいと思っていた。そのため、このバインドに対して、椅子にはできるだけ背筋を伸ばして座り、もっと大人びて見えるようにしようとした。

この場合、エリクソンは「早く年上になって大きくなりたいという子供たちの欲望を利用することによって、「早くホウレンソウを食べたい!」と子供たちを渇望させています。

更にエリクソン夫人が、「缶詰のホウレンソウなら食べてもいいくらい…」と、ホウレンソウを身近な位置に持ってくることによって「ホウレンソウ缶を開けてすぐに食べたい!」という子供たちの情動を決定的なものにしています。

ベティ・アリスは、今でもホウレンソウ缶が好きで、冷たい缶から直接食べていると語っていることから、このバインドは生涯続いていると言えるでしょう。

このバインドの結果、エリクソン夫妻、ベティ・アリスと姉妹全員が勝者となっています。

子供に栄養価の高いホウレンソウを食べて欲しいエリクソン夫妻が創り出した「バインド」が、早く大きくなりたい娘たちの欲望に見事に働いてWin-Winの結果を生みだしたのです。

次の事例は、エリクソンが「もっと成績を上げないと容赦しないぞ!」と親からプレッシャーを与えられている子供との面談で使ったシンプル・バインドです。

「どれだけ学ぶかを決めるのは君の権利だから、君が学びたいと思うこと以外、ひとつたりとも余計に学んでほしくないと私は思います。」

このバインドは、「もっと成績を上げろ!」という親の感情と相反する「親の言うことなんて聞きたくない!」という子供の気持ちを利用したもので、子供が自らの意思で学んでいくことを選択させています。

親子間では「~しなさい」とか「~すべき」などの直接的な命令口調が多く、その結果、子供に強い抵抗感とストレスを生じさせ、衝突に発展する可能性もあります。

それに対し、相手の望みを尊重しながら強力な動機づけをするエリクソンの手法は子供の主体性を生み、結果的に親の望みも叶えることができ誰も敗北者となりません。

エリクソンの技法と治療的ダブルバインド

治療的ダブルバインド

ミルトン・エリクソンの治療的ダブルバインドは、クライアントをコントロールするテクニックではなく、クライアントの選択肢を広げるものです。

ダブルバインドによって生じる「二者択一」的な縛りは、どちらを選んでもクライアントの望む未来へとつながってます。

エリクソンの治療には天才的な観察力と柔軟性があり、常にクライアントの個性に合わせたアプローチを行っていました。そのためエリクソンは理論に基づいた技法の体系化を好んでいませんでした。

また、「治療に抵抗するクライエントなどいない、柔軟性にかけるセラピストがいるだけだ。」という彼の言葉が象徴するように、クライアントに備わっている価値観の中で治療に利用できるものは何でも柔軟的に利用utilization)してました。

多くのクライアントは、セラピストに自分のことを知ってもらいたいし、受け入れて欲しいと渇望してやってきます。

エリクソンは先ずクライアントを完全に受け入れ、変化を強要せず、歩調を合わせ、自ら変化するような心身的状況を創り出す心理(催眠)療法家でした。

治療的ダブルバインドと否定的ダブルバインドの違い

治療的ダブルバインドも否定的ダブルバインドも共に二者択一的な状況で、そのどちらを選んでも同じ結果に繋がるという意味では同じです。

しかしながら、エリクソンのダブルバインドは「二者択一のどちらを選んでも最終的にクライアントの望む所へ到達する」希望的結果を招き、ベイトソンのダブルバインドは「あちらを立てれば、こちらが立たず、逃げることもできない!」選択すること自体に葛藤しストレスを生じます。

両者の違いを端的に言えば、治療的ダブルバインドは「良い結果」、否定的ダブルバインドは「悪い結果」を導くことです。

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治療的ダブルバインド:親子の事例

ミルトン・エリクソンは、ダブルバインドの使い方の基本原則を以下のように説明しています。

「治療上の考えを患者に提示し、それらが、これから起きることに伴って発生するようにすることだ」

エリクソンはクライアントの未来における行動を予測された結果として捉え、治療に利用していました。

多くのケースの中でエリクソンは必然的な時間の流れをクライアントの未来の行動と絶妙に結び付けています。

次の事例では治療的ダブルバインドがとてもシンプルかつ有効に利用されています。

「お父さんとお母さんは、きみにね、ジミー、爪噛みをやめなさいって、ずっといってきたよね。けど、お父さんもお母さんも、きみがまだたったの六歳だってこと、わかっていないようだね。きみが七歳になるちょっと前にごく自然に爪噛みをやめることもわかっていないようだ。だから、お父さんとお母さんが爪噛みやめなさいっていったら、とにかく知らんぷりしなさい

上記のダブルバインドケースをまとめると次のようになります。

【一次的命令】七歳になるちょっと前にジミーは爪噛みをやめる。
*あと数か月でジミーが七歳になるのは逃れようのない事実で、エリクソンは「七歳になるちょっと前」に「爪噛みをやめる」とジミーの未来行動を必然的な時間経過と結び付け(バインド)ています。

【二次的命令】両親から爪噛みをやめろといわれても無視しなさい。(一次的命令と矛盾した命令)
*ジミーが今でも爪噛みをしているのは、両親のいうことを今まで無視し続けていたからで、もし聞いていたならば、爪噛みはとっくにやめていたはずです。
つまり、エリクソンはジミーは今後も「両親のいうことを無視する」だろうと彼の未来行動を予測し、両親のいうことを聞かなくても、七歳になるちょっと前には「爪噛みをやめる」という治療目的にバインドさせています。

ジミーは、両親のいうことを聞いても聞かなくても、いずれにしても時間が経てば「爪噛みをやめる」という治療的(肯定的)ダブルバインドを創り出しています。
その結果、ジミーは七歳になるちょうど一か月前に爪噛みをやめました。
参考文献:『ミルトン・エリクソン心理療法〈レジリエンス〉を育てる』

治療的ダブルバインドまとめ

エリクソンの治療的ダブルバインドは、セラピストがクライアントを思い通りにコントロールするためのものではなく、クライアントの望む未来にロックオンしていく技法です。

また、クライアントはセラピストが指示したことを必ずしも実行する必要はなく、クライアント自身の癒しに取り組む力がセラピーの原動力になります。

巷では…
「この商品の支払いは現金、それともクレジットにしますか?」
「フレンチとイタリアンだったらどっちを食べに行きたい?」
などが、エリクソニアン・ダブルバインドを使った話術としてよくあげられています。

しかし、これらは質問者が二者択一のどちらを選んでも自分にとって有利な設定をしているだけで、そこには対象者への命令もダブルバインド(きつい縛り)も存在していません。

結局、対象者が「どちらも興味ありません!」と一蹴すればそれで終わってしまう二者択一の質問でしかありません。

ヒトは、しばしば自分に有利な環境を作るために他者を支配し、コントロールしようと試みますが、そこには必ず抵抗が生まれます。

ヒトの潜在意識(無意識)は、本能的に生命維持の基本である「安全と安心」を最優先とするため変化を嫌い現状維持に努めようとします。

エリクソンのアプローチはクライアントの現状を否定して変化させるものではなく、現状で利用できるものはすべて、問題となっている症状も含めてセラピーの中に取り入れました。

そのすべてを、クライアントの「希望とレジリエンス(回復力)」を活性化させることにフォーカスして…

「うまくいっても、うまくいかなくてもうまくいく、どちらにしてもうまくいく」

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